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嫌われたくないと思った時点で、多分嫌われている。

愚痴とか、希望とか、思い出とか、好きな物とか、そんなものの寄せ集め。テリーヌみたいなもん。違うか。

500円の話。

思い出

仕事もせずに家でだらだらしていた頃。

家事をすることで母親にお小遣いをもらい、なんとか煙草とお酒を手に入れる生活をしていた。
25歳くらいでこんな生活してたんだから結構ダメだよな。うん。誰にも偉そうなこと言えない。
 
だから基本的にお金がなくて、買い物頼まれた時に自分のお酒と煙草を一緒に買ってたりした。黙って。
あと出かけたい時にオカンに500円もらってた。
あ、でもあれだよ。掃除洗濯食事の準備、忘れ物届けたりもしてたから家政婦を雇ってたと思えばまあいいんじゃないかな。うん。いいはず。
で、お金がないからどうやって暇潰そうってなって。
家からチャリで20分くらい漕いだら、天牛書店って古本屋があって、暇つぶしもかねてそこの本棚を眺めてるのが好きで。
天牛書店はいつも店先でワゴンセールをしてて、カバーのない文庫を1冊50円で売ってたのね。
ほんで、そこで適当に二三冊買って、酒屋で缶ビール買って、公園で本を読んでたりしてた。それだと500円も使わずに、4時間くらい平気で暇が潰せたりして結構楽しんでた。
 
で、今。
結婚してある程度仕事もちゃんとして、小遣い制だけど月になんぼか自由になるお金があって。
そんだけ余裕があってもあんまりお金は持たないところは変わってなくて、500円玉をポケットに突っ込んでコンビニにいく。
レジに向かって店員さんに番号を告げ、500円玉を渡す。40円のお釣りとマールボロのライトを手にとって、コンビニを出る。
コンビニの前の駐車場の端っこに置かれた灰皿の前で薄くて破りにくくなったビニールをはがして銀紙をむしり、一本取り出し火をつけながら、手のひらの40円を眺めてふと思う。
 
そういやあの時吸ってたセブンスターは300円で、500円で煙草も文庫本の古本も買えてたんだなーと。今このお釣りじゃなんも買えない。
あ、駄菓子とかは買えるけどな。
 
だからと言って煙草の値上げに悲観したりだとか、禁煙したいとか言う話ではない。
 
あの時の僕は確かに、仕事をしたいとか思っていたし、お金も欲しいと思っていた。
今その願いは見事に叶えられ、それどころか結婚までして妻と5匹の猫との楽しい時間を過ごしている。
 
しかし。
 
あの時感じていた、いいようのない不安も、仕事をしなくていい気楽さも、いつでも行きたい場所に自由に行ける(歩きか自転車に限るが)開放感も、お金を母親にせびる情けなさも、公園で1人でビールを飲む楽しさも、仕事が見つからない焦りも、自由に使えるお金が増えてきたことで、いつの間にか味わうとこが出来なくなってしまったことに気がついた。
 
これは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかはどうにも分からないけれど、その、もう味わうことができなくなった、幾つかの感情に想いを馳せながら吸う煙草の味は、いつもよりなんとなく苦かった。