意識を高く持たないと、自分を高い場所に持っていけない。

エマルジョン化という鬼門

 

ソーセージを作るにあたっての最初の難関が、あの独特のぷりっとした食感を生み出す事だ。ソーセージ初心者は何度か試作した後、この段階でソーセージ作りを諦めてしまう事が多いと聞く。

 

これを生み出すのに必要なのは「エマルジョン化」と呼ばれる作業工程なのだけれど、このエマルジョン化を普通に説明すると「低温をキープした上で混ぜて乳化させる」というどうしようもなく面白くない説明になってしまう。

 

なので、ここからはあえてベンチャー企業によく散見される横文字表記に倣って説明したい。

 

■ソーセージ創世期における重要なエビデンス

 

美味しいソーセージを作るにあたって最重要なイシューは「エマルジョン化」という肉におけるイノベーションを生み出せるかどうかにかかっている。

 

その為には、

 

①各種器材を冷やしておくというスキーム

②作業をASAPで進める

③肉と塩とのパートナーシップ

 

この3つの要素が不可欠である。

 

まずスキーム。

 

エマルジョン化は肉を8度以上の温度にあげないというタイトなスケジューリングが必要になる。そのため、タスクに必要になる器具を出来る限り冷やしておくというのが、作成者に共通するコミットメントになる。そのコンセンサスが取れていなければ、この案件は失敗するだろう。

 

次にASAPな作業。

上記のスキームから分かるように、温度を上げないようにするにはハンドリングのスピード性が重要になる。その為に効率的な作業をしなければならないことは明白である。

そして肉を混ぜるというメソッドの中で必要なのは、肉とフルコミットすること。極端な言い方になってしまうが、肉をこね回しているという意識ではなく、肉を混ぜることで地球を回しているんだというプリンシプルがマストなのだ。

 

最後にパートナーシップ。

どんな困難な仕事でも、最終的に必要なのは人との繋がり、ウィンウィンの関係だ。

それがあるからこそ、困っていたら誰かが助けてくれるし、こっちだって困っている人を助けたくなる。塩があるからこそ肉がつながるし、肉がなければ塩だって必要ない。

理想のソーセージを作るんだという明確なビジョンをお互いにフィックス出来てこそ、理想のエマルジョン化が生まれるってことだ。

 

本当に、ばかみたいな文章だな。

 

理想のソーセージを探す旅

 

なのでここからは普通に説明させてもらうのだけれど、簡単にいえば塩と肉をいい感じのバランスで配合して(大体肉の量の2%前後)、温度をあげずに混ぜれば肉と油が綺麗に混ざり合いますよということだ。

 

肉のまぜが足りないとソーセージ独特のぷりっとした食感が生まれずに、ハンバーグの様な感触になってしまう。でも今まで何度か作った経験からいえば、それはそれで美味しいし肉々しさも感じられるので別にそれでもいいとも思っている。

 

水着がよく似合う、手に持ったハイボールを広告写真のようにアピールしてくる健康的な女性も好きだし、「私、太陽苦手なのよね」とバーで本を読みながらロングアイランドアイスティーを飲んでいるような少し突っ込みどころのある女性も好きだし、家から殆どでなくて、自分が飲んだ後のビールの空き缶を数えながらお腹のお肉を摘んで何か考えている女性だって素敵だ。

 

みんな違ってみんな良い。

 

だからこそ、腸に包まれた時点でそれは素敵なソーセージなんだよ、と胸を張ってもらいたいと思う。

 

しかし、そうも言ってられないのがもの作りでもある。コダワリなくして進化なし。失敗は成功の為にあり、おっぱいは性交の為にある。かつて「ボインはお父さんの為のものはなく、赤ちゃんのものだ」と言って月亭可朝は一時代を築いたけれど、既に時代は変わってきているのだ。

 

おっぱいは、赤ちゃんの為のものでもあり、お父さんの為のものでもあるのだ。

 

ミニマリストはものが少ないことこそが生きやすさに繋がると言う。そのためには合理的でなければならない。だからこそ、赤ちゃんの為のおっぱいとお父さんの為のおっぱいは同じおっぱいであるべきなのだ。

 

少し脱線してしてまったが、そう言う事だ。

 

さて、話を戻すが、綺麗なエマルジョン化は器具を使う事で解消できる。

 

性欲が強過ぎる彼女と付き合う時、必要なのはにんにくでもウナギでも山芋なく、バイブとローター、あとはローションである(性癖によっては縄やロウソクがあってもいい)。

 

それと同じように、エマルジョン化に必要なのは努力や根性ではなく、ミキサーと大きめのボウル、そして氷だ。

 

ミキサーは冷凍庫でよく冷やし、肉も加工時間以外は冷蔵庫に入れておく。作業中は二重にしたボウルを氷で冷やし、そこに肉を入れておく。それだけでエマルジョン化はあなたに歩み寄ってくるだろう。

 

そこまで出来ればあとは腸に包むだけだ。今の時代、ネットで気軽に無修正動画が見られるように、ネットで気軽にソーセージメーカーも買える。それさえ手に入れられれば、腸詰め作業はとても楽しいものである。

 

沼は至る所に存在する

 

腸につつみこめるような段階に辿り着いたら、次はハーブをどうするか、という新しい悩みが出てくる。この悩みは味を左右する重要なものなのだけれど、だからこそ難しい。

 

香水をつける女性が苦手だ、という人は多いかもしれない。かくいう僕もどちらかと言えば得意な方ではない。

なぜならば、その人本来の匂いを嗅ぎたいからだ。脇の匂い、頭皮の匂い、うなじの、鼠蹊部の、足首から感じるその人本来のもつ、肉感的ですらある匂いを楽しみたいからだ。

 

しかしソーセージは違う。ハーブという名の香水による組み合わせで、その出来が左右されてしまうのだ。ソーセージのセクシーさは香水によって生まれるのだ。

 

しかし。

 

「ああ、もう少しセージが強ければ、ブラックペッパーが出過ぎたせいで塩の弱さが気になるのか、ナツメグが悪いのか、いやいやシナモンこそ必要だったのか」

 

正解が見えなくなり整形手術を繰り返してしまう人のように、理想が分からなくなってソーセージのハーブ配合の沼にはまってしまう。

 

その沼に足を踏み入れてしまうと、自分一人では答えが出せなくなる。

 

その結果、外部に応えを求めるようになってしまう。

 

解決策を求めるあまりスーパーで売られているソーセージを買いあさり、それだけでは物足りなくなってしまい各地方の物産展に足を伸ばしてご当地ソーセージを買いに走ったかと思うと、通販にて個人で作っている様なものにまで触手を伸ばし、実は肉質にももっと拘らなければならないのかと国産と外国産、ブランド肉の三角関係に悩み、肉の幅の広さと終わりが見えないハーブのバランスの追求に頭と舌が沸騰してしまう。

 

最近の発見は、ニラだってハーブの一種になりうる、という発見だった。

 

まあ実際にニラのソーセージを食べた感想としては、ソーセージというよりは餃子を食べているような気持ちになってしまったのはここだけの秘密だ。

 

そして僕は今でもこの沼の中から抜け出す事は出来ていない。冷凍庫の中には中途半端に開封された各種ソーセージと手作りのソーセージ、調理棚に並ぶハーブ類が僕に手を振って笑っている。

 

「僕はここにいるよ。僕たちは君を待っているよ。 いつでもここに入ってきてもいいんだからね」

 

そんな声に耳を傾けていると、僕がソーセージを求めているのか、ソーセージが僕を求めているのか、そもそも僕がソーセージだったのか、よくわからなくなってしまう。

 

 「あなたがソーセージを作ろうとするとき、すでにあなたはソーセージによって作られているのだ」

 

僕は何を書いているのだろう。

ああ、誰か僕のソーセージを食べてくれないか。