僕のソーセージを食べてくれないか

そうです。私が下品なおじさんです。

僕は今日も真矢に会いにいく。

誰だってLUNA SEAの真矢にレジを打ってもらったら嬉しいはずだ。間違いなく僕はそうだし、妻に聞いても「うん、まあ」と言っていたのできっと間違いない。

 

太っていた方がいい音が出ると容姿へのこだわりを捨てダイエットを諦めた真矢。

モーニング娘石黒彩と結婚してゴルフのショット姿を年賀状にする真矢。

スキンケアやアンチエイジングに造詣が深く美容系のPR記事に登場する真矢。

 

たとえそれがどんな真矢であっても、彼がレジに立っているだけで、彼がカップラーメンのバーコードをスキャンしてくれるだけで、彼が手のひらに小銭をおもりにしてレシートを手渡してくれるだけで、なぜか強くなれた気がする。

 

例えば君がいるだけで心が強くなれる。

何よりも大切な物を、真矢が気付かせてくれた。

 

 

今日は、そんな真矢に関する話だ。

 

 

 

僕は普段3つのスーパーを使い分けているのだけれど、それぞれに用途が異なっている。

 

 1つは会社からの帰り道にあるスーパーだ。

 

ここを使う理由は一つだけしかなく、それは利便性のみである。駅から家まで遠回りせずに行く事ができ、遅い時間まで開いている。

 

しかしここは品揃えもそんなに良くなく、他の2つに比べると価格も高い。特に生鮮関係は高い上にあまり商品の質もよくないので、ほとんど買わない。ここで買うメインの商品はソーセージである。これは僕の好きなえびの高原ロングウィンナーがここでしか買えないから仕方ない。そのついでに夜ご飯に不足している具材や次の日の朝に食べるパン等を少し買う程度だ。

 

質が良くない、と書いたのは僕が個人的に感じているだけなのだけれど、一応裏付けとなるような出来事があるのでひとつ上げさせてもらいたい。

 

ここのスーパーには、パートリーダーとおぼしき人がいる。

 

仕事中は他のパートやアルバイトを見張り、操り、店のトップの店長ですらも店内放送で呼び出しているような、最古参であろうおばちゃんだ。そのきびきびとした動きは軍隊の鬼軍曹を想起させ、私の歩いた跡には草木の1本も残らないわよ、埃の1つも見逃さないわよ、というほどシビアな目線で店内を見渡し、適切な指示と処理をしているスーパーのキーマン的女性だ。

 

その彼女が、別のスーパーで生鮮食品を買っている光景をよく見かけるのだ。

 

カゴには野菜や肉、魚がたっぷりと入り、勤務している店の中では見せない様な朗らかな笑顔で買物をしている。あれほどのプライドを持って仕事をしているのだから、自分のスーパーを盛り上げる為に自分の店で買物をすべきなのでは、という僕の考えは本当に素人のそれで、 「仕事は仕事、家計は家計。やはりいいものをお安く」というのが彼女の本心なのだろう。

 

彼女はオンオフを見事に切り替えるシティガールなのである。

 

そこから上に書いた様な、彼女の働くスーパーにおける生鮮の質の低さと価格の高さが導きだされる。

 

そしてその彼女が生鮮を買うスーパーこそ、僕がよく行く3つのスーパーのうちの1つでもある。

 

このスーパーは家から近いけれど、仕事の帰り道からは少しはずれた場所にある。なのでここを使うのは主に休日などの自宅で大半を過ごす日である。

 

そしてここは我が家の近所のおばちゃん達、いわばジモティも御用達のスーパーだ。焚火に集まる蛾のように、周囲の住人たちが吸い込まれていく。

 

今の家に引っ越した当初、ななめ向かいのおばちゃんにどのスーパーがいいのかを聞いたとき、真っ先に名前を挙げたのがこのスーパーだった。

 

「ああ、魚とかはやっぱりあそこがええわ。鮮度がちゃう」

 

そう笑いながら言うおばちゃんは下の前歯が1本ないけれど、それが逆にとてもチャーミングでもある。

 

月に一度回覧板を持ってくるときには、ピンクの寝間着でやってくる。月初めに雨でよれたバインダーを持って我が家を訪問する、ピンクのババア。

 

髪はいつでもベリーショート。猫が嫌いだといつも愚痴をこぼすけれど、着ている服に猫のイラストがプリントされている事がままある。我が家の猫が窓の外を眺めているときにニヤニヤ見つめていたり、その猫に話しかけたりすることもあるから、猫好きである事は間違いない。

 

しかしそれを言うと決まって「猫なんか嫌いや。実家に猫が追った時なんか、蹴飛ばしてやってたで」と言うが、以前彼女の身内が「野良猫にもご飯あげとったんやで」と言っていたので、中高年によく見受けられる何かの照れ隠しなのだろう。もしかしたら、猫と呼んでいるM属性の男がいたのかもしれないけれど、真実はいつも闇の中だ。

 

ピンクのババアは近所に住んでいる妹達ととても仲が良い。週末になると家の前には自転車が並び、夕食を共に過ごすのだという。もともとピンクババアの家族が3人で暮らしていて、自転車の台数からすると最低でもそこに4人が加わっているはずなので、最低でも7人はあの家にいることになる。

 

我が家と殆ど間取りは違わないはずなのに、どうやってあれほどたくさんの人が入るのだろうといつも余計な心配をしている。もしかしたら秘密の地下室かなにかがあるのかもしれない。ピンク・ババアと秘密の地下室。ハリー・ポッターシリーズには見受けられない様な無駄なやらしさを感じる。

 

そんなピンク・ババアとパートリーダーのおすすめのスーパーは、価格は比較的安価であり扱っている品の質はよい。

 

しかしこのスーパーのネックは店舗自体の小ささである。最初に上げたスーパーと比べると、敷地面積はおよそ半分程度である。なので、明確に「これが欲しい!」と思っていくと、ない場合もある。例えばソーセージ作りに使うハーブ類や大容量の肉類はここでは手に入らない。

 

そう言ったとき、3つ目のスーパーへと向かうことになる。

 

このスーパーは自宅から自転車で15分ほどの場所にある複合商業施設に組み込まれている。地味に遠い距離なのだけれど、敷地面積は最初に書いたスーパーの倍以上もあり、またその施設には様々な専門店もあるので、週末の買い出しは主にここにくることになる。

 

品質はといえば、うちの近所のスーパーのちょうど間くらいだろう。

 

価格は普通、品質も普通。しかし扱う商品の数は抜群に多い。なので色んな物が必要になる場合にはこのスーパーに向かう。

 

そしてこのスーパーに、真矢がいる。

 

もちろん本物の真矢ではない。しかし真矢以上に真矢に似ている。なので僕は彼の事を「真の真矢」と呼んでいる。

 

顔だけではない。体型、身長、たまに見せる笑顔。それら全てがまさに真矢であり、真矢以上に真矢を感じさせるのだ。

 

だから彼こそが真の真矢であるといえるだろう。

 

違いがあるとすれば年齢と服装くらいである。実際の真矢は50手前だけれど、スーパーの真矢は20台の前半だ。しかしその落ち着き様は実際の真矢とほぼ同じだ。彼に弟子がいても僕は驚かないし、むしろ当たり前だと思う。というか弟子入りしたいくらいだ。彼に操ってもらえるなら、僕のドラムスティックはスネアを突き破るほどにカチカチになるだろう。

 

また実際の真矢はゴルフウェアかジャケットを羽織る系のスタイリッシュな出で立ちだけれど、スーパーの真矢は規定のキャップをかぶり、エプロンを付けている。

 

しかしその着こなしは実際の真矢よりもこなれている。

 

例えばキャップ。若い人間ならすぐに鍔を曲げたがるようなものだが、彼のキャップの鍔は彼の愚直さを体現するようにいつでもまっすぐだ。しかしたった1つだけ残念なことがある。

 

キャップが彼の頭のサイズとあっていないことだ。

 

かぶる、というより、のせている、という方が正確であり、なんというか、トトロのお腹の上にのっかっているメイちゃん、と言えば分かってもらえるだろう。チョコン、という擬音が本当にしっくりとくる。

 

しかし彼はそんな些細な事は気にしていない。頭にサイズの合わないキャップをのせながら、淡々と商品をレジに通していく。

 

そしてその所作すら、真矢である。

 

正確に刻まれるピッピッピというリズムはまるでメトロノームのように正確に8ビートを刻み彼の音楽の素養を感じさせるし、隙間なくカゴに詰め込まれていく商品は重厚に音を重ねる初期のツーバスドラムを喚起させる。

 

彼が詰めたカゴの中に広がるのは、デザイア。

 

極めつけは、清算後に放たれる「袋はどういたしますか」という抑圧されたシャウトである。

 

抑圧されすぎていて、だいたい聞き返してしまう。

 

この間に至っては抑圧されすぎて本当に何を言っているのか聞き取れず、いつも通り袋だと思って「お願いします」と言うと、なぜかドライアイスを大量にくれた。

 

その優しさこそ、まさに真矢。

 

今日は平日だけれど、足を伸ばして真矢の待つスーパーに向かう。その時、僕はもうお客ではない。LUNA SEAのファンであるスレイブである。

 

真矢に会う事を週末まで待てない僕は、いつまでたってもルーザー。

 

そして叩かれるのを覚悟で言うが、僕はそもそもLUNA SEAのファンではない。